柳井美加奈作品集(No.3 花深き処)
1.雨の意匠(柳井美加奈作曲)
・柳井 美加奈
ベース ・吉野 弘志
2000年6月吉野弘志氏とのライヴ・コンサートのために作曲された。
ベースが吉野弘志氏によることを強く意識して作られたときく。

2.硝子のこもりうた(柳井美加奈作曲)
第一筝 ・柳井 美加奈
第ニ筝 ・横山 喜美子
1997年作曲。J.Sバッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲」にヒントを得て作曲
された、筝、高低二部の曲である。
第一楽章 美しい和音に始まり、ピチカートが優しく響く。
第二楽章 ゆりかごをイメージした、三拍子の軽やかな楽章。
第三楽章 トレモロの二重奏が、夜明けの空を思い起こさせる。後半は6/8拍子の早い
テンポで、筝爪の独特な奏法(スクイ爪)による盛り上がりは、幻想的である。

3.花深き処(柳井美加奈作曲)
・柳井 美加奈
ベース ・吉野 弘志
春 そこばくの花散りしきてみ堀べの真昼しづけく春の雨ふる
夏 芝草のしげみにひそみ咲く花の むらさき細く夏逝かんとす
秋 さびさびと水は流れでていたりけり 秋の郡上の八幡のまち
冬 淡雪はみぞれにかはりしきふれど落ちては消ゆるほどのはかなさ

2000年作曲。
幡掛正浩氏の歌集「花深き処」より、春夏秋冬の和歌を一首づつ抜粋して曲付けを行
った。筝歌の美しさ、高貴さの原点にかえったような歌詞の旋律と、簡潔な筝の手と
の関わりが巧みに演奏される。

4.野の宮(柳井美加奈作曲)
第一筝 ・柳井 美加奈
第ニ筝 ・横山 喜美子
野の宮の 森の木枯らし秋更けて 森の木枯らし秋更けて
身にしむ色の消えかへり 思へば古の 何と忍ぶの草衣
着てしもあらぬ仮の世に 行きかへるこそ恨みなれ 行きかへるこそ恨みなれ

我が袖にまだき時雨の降りぬるは 君が心に秋や来ぬらむ
秋の時雨のまたは降り降り

露時雨 漏る山蔭の下紅葉 漏る山蔭の下紅葉
色添ふ秋の風までも 身にしみまさる旅衣
露間をしのぎ雲を分け たづきもしらぬ山中に
おぼつかなくも踏み迷ふ
道の行方はいかならん 道の行方はいかならん

1999年作曲。
閑吟集より、晩秋の一くだりを抜粋し、前歌の終わりに、秋と飽きをかけるために踏ま
えたのではないかと思われる、古今集恋歌五の中の和歌を、そのまま挿入している。前歌、
手事、後歌という形式をとっている。歌と手は一体感があり、手事は速く繊細で、愁雨のイメージである。

5.短詩抄(柳井美加奈作曲)
・柳井 美加奈
三弦 ・平野 裕子

空の碧 
柿の実の連珠
ひとなき里の
秋の夕べ 
  


椎高く

病む身に風がつのり 
雨は降りかはる

夜の雪なり

  



夕ぐもる

西空の星

わがふる里は
雪ならん

  




われひとに背くなれらねど

山茶花の散る野辺にきて
ふり返る冬の湖
比叡は時雨る



作曲者の父君、柳井道弘氏の詩集「むらぎも」より、同名の詩からの抜粋による。
曲運びの中に緩急がくり返され、全体には徐々にテンポアップしていく。
古曲の、地唄端唄物ともいえる。歌詞は、秋の情景から入り、最後は冬の湖の凍てつ
く静けさを語っている。絵画的な印象を受ける。


「雨の意匠」「硝子のこもりうた」以外の三作は、筝本来の音階に基づく調弦にて作曲
されたものである。それぞれが古典的特徴を受け継ぎながら新しい感性を伴って誕生
したといえる。「花深き処」は組歌であり、「短詩抄」は地唄端唄物を思わせ、「野の宮」
は、筝曲手事物といえる。今回、同時に録音される古典選集の、組歌「菜蕗」、筝曲
手事物「冬の曲」等の対比がおもしろい。
                                          (守山 偕子)