柳井美加奈古典選集Vo1.2
1.筝組曲 菜蕗(ふき)
柳井 美加奈
一、菜蕗といふも草の名、茗荷といふも草の名、富貴自在得ありて、冥加あらせたまへや
二、春の花の琴曲 花風楽に柳花苑 柳花苑の鶯は同じ曲を囀る
三、月の前の調べは夜寒をつぐる秋風 雲井の雁がねは琴柱に落つる声々
四、長生殿の裡には春秋をとめり 不老門の前には月の影遅し
五、弘徽殿の細殿に たたずむは誰々 朧月夜の内侍のかみ 光源氏の大将
六、誰そや この夜中に さいたる門をたたくは たたくともよもあけじ 宵の約束なければ
七、七尺の屏風も躍らばなどか越えざらん 羅陵の袂も引かばなどか裂れざらん

八橋検校と聞けば、「六段の調」「みだれ」がまずあげられますが、筝曲の祖としれ歌詞
のついたもの、いわゆる組歌も何曲が残されています。筝組歌表組の第一曲目にあげられて
いるのがこの「菜蕗」です。一つの歌が64拍からなり、七つの歌から成り立っていますが、各
歌の内容は、何の脈絡も持ちません。私が、当時の人々の詩的格調の高さに感服いたします
のは、若さを保つことを「春秋をとめり」と言い、年月の歩みの遅いことを「月の影遅し」
などと言うところで、なんともいえない心地よい韻と深さを感じます。第一歌は、身近な
植物の名を仏教用語にかけた内容であり、他に源氏物語(第二、五歌/花宴)や、和漢朗詠集(第
四歌)、有名な故事(第七歌/史記荊軻伝)などの、文芸的な表現を音楽的韻律に改変させて
七つの歌として構成されています。江戸時代、鎖国の影響を強く受ける以前の解放感を持つ
この曲の文学的にも音楽的にも乗り越えることの高きを感ずる時、この曲が筝の稽古の手ほ
どきの曲として最初に教えられたということの重みを、驚きとともに、納得いたします。
                                             (柳井美加奈)
2.六段の調
柳井 美加奈
八橋検校(〜1685)作曲。
数少ない近世邦楽器楽曲の中の代表格の一曲である。
段数の形式を踏み、六つの段から成り立っている。格段は52拍子で、初段のみ2拍子多い。
初段の旋律が段を追うごとに少しづつ変化、発展して演奏される。

3.冬の曲
筝本手 柳井 美加奈
筝替手 平野 裕子
龍田川 錦おりかく 神無月 時雨の雨を たてぬきにして
 白雪の 所もわかず 降りしけば 巌にも咲く 花とこそ見れ
みよし野の 山の白雪 ふみわけて 入りし人の おとづれもせぬ
 昨日といひ 今日と暮らして 飛鳥川 流れて早き 月日なりけり

吉沢検校(1808〜1872)作曲。
古今和歌集冬歌から和歌四首をそのまま歌詞としている。前弾は、雅楽の「倍臚」にヒント
を得たと伝えられている。幕末の復古主義の影響を受け、筝曲本来の姿を意図したが、必ず
しも古典的な組歌の形式に従わず、各歌の拍子数は一定せず、新組歌ともいわれる。 明治の
中頃に、松阪春栄により、手事と替手が補佐され、以来手事物筝曲として有名になった。
同様の形式で、春の曲、夏の曲、秋の曲等が、「吉沢の古今組」とよばれている。
                                         (守山偕子)